酒井法子

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酒井 法子(さかい のりこ、本名:高相(たかそう)法子(旧姓酒井)、1971年2月14日 - )は、日本の元アイドル歌手女優堀越高等学校卒業。所属事務所サンミュージックプロダクション。所属レコード会社はビクターエンタテインメント福岡県福岡市出身。血液型B型

来歴[編集]

生い立ち[編集]

酒井法子
酒井法子

山口組伊豆組配下酒井組組長酒井峰吉(本名・酒井三根城。1989年山梨県大月市にて交通事故死)の娘として福岡市に生まれる。

 両親は2歳の時に離婚。母はその2年後に死去した。酒井は芸能界入り後、実母について公にすることもなく、後に「記憶がない」とだけ話している。小学校時代は福岡市と、父の妹が住む埼玉県・狭山市を数年ごとに行き来していた。狭山市の小学校に通う時は親せきの姓を名乗った。小学校の同級生によると「おてんばで目立つ子だった。転校については担任が『父の仕事の関係』とだけ説明し、彼女自身も家庭の詳しいことは誰にも話さなかった」という。小学校期間中に、父は2度目の結婚をしたが、この事実も同容疑者は明かしていない。

 6年生の3学期に父の3度目の結婚を機に福岡市に戻り、父、継母と同居した。福岡市立大名小学校を卒業。福岡市立舞鶴中学校ではソフトボール部に所属し、3年生になった(クラスは3組出席番号は33番)1985年の夏に9番ライト県大会準優勝を果たした。

14歳の時に応募したオーディションをきっかけにスカウトされて上京。所属事務所社長宅に住み込んだ。関係者は「そのころ父親が足を洗ったと聞いています」と話しており、父は暴力団関係の仕事から離れ、継母の兄の紹介で山梨に移り住んだとみられる。一方、酒井はデビュー後、継母と東京・杉並区内に住んだ。複雑な家族関係や生い立ちを所属事務所スタッフにはほとんど説明しなかった。父は同容疑者が活躍し始めた直後の18歳の時に交通事故で死去した。

芸能界へ[編集]

酒井法子

1985年10月26日の「'86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」(資生堂主催)でBOMB!賞を獲得(グランプリは水谷麻里、準グランプリは岡谷章子、Momoco賞は畠田理恵が受賞)。ただし、当初このコンテストにBOMB!賞なる賞は存在しておらず、実際にはオーディション落選後に、サンミュージックの専務が「『彼女の』才能を試してみたい」、と願い出たことでデビューの運びとなった[1]。BOMB!賞はその際に急遽新設され、11月22日付で贈られている。

同年12月、福岡市から上京し、所属事務所の社長である相澤秀禎宅で下宿生活を始める(福岡市立舞鶴中学校から東京の中学へ転校)。

1986年1月開始の日本テレビ系のテレビドラマ春風一番!』でデビュー(収録は前年の1985年12月から開始されているので、芸能活動は上京直後からになる)。ほぼ同時に雑誌『Momoco』の「モモコクラブ」のメンバーとなる(桃組出席番号1482番)。その後、4月29日のイベント「'86 MOMOCO PARTY」において開催された「第2回ミスモモコクラブ」オーディションでミスVHD賞を受賞(この時のグランプリは畠田理恵)。これにより当時売り出し中だったビデオディスクであるVHDソフトの発売が決まり、11月21日、『YUPPIE』で世界初のVHDデビューを果たす。このVHDの挿入歌「お願いダーリン」を非公式のデビュー曲とする見方もあるが、正式なレコードデビューは1987年になってからである。同期にBaBe坂本冬美らがいる。。

レコードデビューすると同時に若者を中心に人気を獲得。3枚目のシングル「ノ・レ・な・いTeen-age」で、その年の第18回日本歌謡大賞最優秀放送音楽新人賞を受賞する(同年の第29回日本レコード大賞の最優秀新人賞は立花理佐が受賞)。

キャッチフレーズは「おきゃんなレディ」。デビュー当時のニックネームは「のりっぺ」(福岡での中学生時代のニックネーム)だったが、デビューしてしばらく経ってから「のりピー」と名乗り出す。同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった「のりピー語」を流行させた。

アイドル時代の活動は多岐に渡る。芸能活動のほかにイラストレーター漫画家ペンネームは平仮名の“さかいのりこ”)としても活動し、少女漫画雑誌『週刊少女コミック』に漫画の連載を持ったこともある。中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター「のりピーちゃん」は、日本自動車工業会の交通安全ポスターにも使われた。また、そのキャラクターグッズも自身のショップ『NORI-P HOUSE』で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担っていた。

1990年代以降、東アジア台湾香港中華人民共和国など)では日本での活躍以上の絶大な人気を誇り、中国語歌唱による楽曲も発表している。1992年5月10日と11日に行われた自身初の海外公演である台北市立総合体育場でのコンサートは、台湾における日本人初のワンマンショーとなった。

その頃から女優としても本格的な活動が始まり、フジテレビ系『ひとつ屋根の下』、日本テレビ系『星の金貨』など、出演したテレビドラマが大ヒットすると同時に、『星の金貨』の主題歌として自ら歌った『碧いうさぎ』がミリオンセラーとなり、1995年、デビュー9年目にして『第46回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。歌唱曲がドラマの主題歌だったこともあり、紅白史上初めて手話を交えて歌った。なお、この『碧い―』以後を“従来の元気路線に比べて落ち着き過ぎ”と評するファンも多い。

ひとつ屋根の下』の脚本家野島伸司と交際するも破局、1998年に、スキーショップ「JIRO」経営者長男で自称プロサーファー・高相祐一とおめでた婚。プロサーファーと言っているが日本プロサーフィン連盟・JPSAの公認プロとして、一切エントリーされていない。また、世界プロサーフィン連盟日本支局・ASP Japanのランキング一覧にも彼の名前を見つけることはできない。1999年7月18日、長男を出産。現在は1児の母。

2000年産休から復帰したが、デビュー当時からの担当マネージャーだった溝口伸郎が自殺。

その後、子育てと女優活動を両立しながら2003年にはファッションブランド『PP rikorino』を立ち上げるなどしていた。

転落[編集]

酒井法子

2009年8月3日、夫・祐一が覚せい剤取締法違反(所持)で現行犯逮捕される。その際の家族としての事情聴取協力要請を強硬に断り、子と共に出奔(のちに子は知人に預けていた事が判明)。7日、自身の部屋からも覚醒剤の粉末と吸引器具が発見押収され、覚醒剤使用の疑いが強まり同じ容疑で逮捕状発布を受けた。山梨県内に移動していた事が携帯電話のGPS追跡で判明しているもののその後の足取りは不明。8日午後8時頃、文京区の警視庁富坂庁舎、組織犯罪対策第五課に出頭し逮捕される。相沢正久・サンミュージック社長は、有罪確定の場合は契約解除を以って臨む旨表明。10日、留置先の東京湾岸警察署(女性被疑者専用留置場がある)から東京地方検察庁に送検。8月28日、覚せい剤取締法違反で起訴され契約解除。9月15日、保証金500万円で保釈決定(即日納付はされていない)。11月9日、東京地裁にて懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決。

 今回の“逃走劇”に同行した建設会社会長と、継母は古くからの知り合いだという。一部報道によると、13歳だった酒井の芸能界入りを画策したともいう。追い詰められた同容疑者は、亡き父とのつながりも感じる“後見人”たちに救いを求めるしかなかった。そして、幼少期からの経験で、今ある人間関係を失いたくないという心理が、供述しない姿勢に表れているのかもしれない。

なお、本節内容はウィキペディア日本語版同項目には一切書かれていない。

執行猶予明けに芸能活動再開か[編集]

覚せい剤取締法違反罪で懲役1年6月の有罪判決を受け、執行猶予中の元女優酒井法子(41)が、3年の執行猶予が明ける今年11月以降に芸能活動を再開させる意向だ。

酒井は2010年、介護を学ぶため創造学園大(群馬県高崎市)に入学。同大を運営する学校法人「堀越学園」(東京の堀越とは全く関係がない)は発行した学校債をめぐって購入者との間でトラブルになるなど経営の混乱が続くが、酒井は変わらず自宅でパソコンなどを通じて遠隔授業を受けている。

3月23日には長男の小学校の卒業式に出席、元気な姿をみせていた。高相氏とは2010年7月に離婚。覚せい剤使用の現場となったスキーショップ向かいのマンションは同年春に退出した。現在は支援者が所有する都内のマンションで長男と生活している。関係者によると、執行猶予が明ける2012年11月以降に芸能活動を再開させるとみられる。

覚せい剤逮捕から3年…12月主演舞台で復帰[編集]

覚せい剤事件で執行猶予中の酒井法子(41)が12月に芸能界復帰することが2012年9月20日、分かった。11月下旬の執行猶予明けをめどに復帰を検討していた中、映画などのオファーの中からあえて舞台を選んだ。日本中の注目を集めた騒動から3年4カ月。のりピーが女優で再起の一歩を踏み出す。

復帰作は戦国時代を描く舞台。主役を演じる。脚本、キャストなど細部は詰めの作業に入っている。

11月下旬に執行猶予期間が明けるため、国内外から映画などの出演依頼が寄せられていた中、酒井が選んだのは決してギャラが高くない「舞台」だった。劇場での芝居は1998年ミュージカルヒロインを演じて以来14年ぶり。

上演は「復帰は絶対に執行猶予明けにしたい」という本人の強い希望により、12月に決定。稽古は11月には入るとみられ、以前からの知人や舞台関係者が活動を支えていくことになりそうだ。

連日注目を集めた薬物事件。一時芸能界復帰は諦めていたが、翻意したのは中学1年の長男(13)を抱えるシングルマザーとして「生きていくため」(知人)だった。周囲から「子供のことを本当に思うのなら、生活のために自分が一番何ができるのかを考えた方がいい」と諭され、復帰の意思を固めた。

事件以来支え続けてくれた建設会社会長も2012年5月に他界。息子のため、恩人のため、堂々と胸を張って生きていこうと、復帰の舞台に臨む。

激近2ショットにモノマネも披露。のりピーの“激アツ”ホール営業にファン大喜び(2013年)[編集]

パチンコ屋で営業するノリピー(2013年)

女優・酒井法子(42)の“暴走モード写真”を入手した!!

アイドルとして一世を風靡し、覚醒剤事件ではアジア中のファンを心配させたのりピーが、お笑い芸人や新人グラドルの活躍の場、パチンコホールで営業をしている。

のりピーとパチンコ…いまひとつ結びつかないイメージに、パチンコ好き本紙記者が追跡取材をすると、意外や意外!サービスてんこ盛りで大フィーバーぶりが判明。まさに人気機種「エヴァンゲリオン」も顔負けの「暴走モード突入&大連チャン状態」の、のりピーがそこにいたという。

舞台は大阪府内の、とあるパチンコホール。2013年8月31日、ファンにとって雲の上の存在だったのりピーが、考えられない大胆行動を続々繰り出し、ファンだけではなく“パチンカー”全員のハートをわしづかみにしたようだ。

その場に駆けつけたというデビュー当時からのファンは、目を丸くしてそのときの様子を語る。

「もうビックリですよ!! あののりピーが、本当に来るとは思わなかったですしね。のりピーが来る1時間半前にサイン色紙とツーショット写真の抽選会がありました。300人ぐらいが行列をつくって、店内は“のりピーが来る!!”とソワソワしてましたよ。イベント開始時にファンは1000人ぐらい集まりました」

イベントMCが「酒井法子さんで~す!」と呼び込むと、のりピーが姿を見せた。すると世間の注目を一身に浴びた人気女優の姿を撮ろうとケータイカメラのシャッター音が止まらない状態に。

「酒井法子です。よろしくお願いします」と話すだけで、ウォ~ッと大歓声が起こった。のりピーパワー健在ぶりを見せつけた。それだけではない。ホールの誰もが、予想もしなかった言動が次々と飛び出したというのだ。

「パチンコはやってないんですけど、みなさん楽しそうですよね。海物語!?知ってる~。かわいいお姉さんが泳いでいるの」と、マリンちゃんの名前こそ出なかったが、人気シリーズの予習もバッチリだ。客の反応も上々で、気分が乗ってきたのか、のりピーはハイテンションに。

「なんかちょっと聞いたんですけど、エヴァンゲリオンのモノマネができるんですよね」とMCに向かってムチャ振り。もちろんMCができるわけもなくテンパっていると「すみませんでした~」と舌を出し、小悪魔スマイルで観客全員をとりこにしてしまったという。

MCが負けずに、のりピーにモノマネのリクエスト。これまで、幾多のテレビ番組に出ているのりピーだが、モノマネをしたことはなかった。ところが、だ。

「できないんですね~」と一度は拒否したものの、再度要求されると「1個だけできるかも。ホントに笑わないでくださいね。菊池桃子さんのモノマネなんです。昔、ちょっとだけできたの!」と意外や意外の大はしゃぎ。

誰もがあっけにとられる中で「みなさん、こんばんは。菊池桃子です」と甘いささやくような声でマネしてみせたというから、もはやパチンコ台「エヴァンゲリオン」の大当たり「暴走モード」のようなサービスぶりだ。

のりピーが見せた菊池桃子のモノマネ――あまりにレアなプレミアム演出に、前出ファンは「終わった後も『恥ずかし~』を連呼して、のりピーのホッペは真っ赤に染まってましたよ。その恥じらう姿がなんとも言えない雰囲気で、それだけで行ってよかったって思いました」とニヤケていた。

イベントの最後に、のりピーは抽選会の当選者20人にサイン色紙を渡し、ツーショット写真を30人と撮ったという。撮影中に、あるファンが「指でハートマークいいですか?」とおねだり。こんな“お願い”にも「いいですよ」と快諾。

「のりピーと触れ合うことができるなんてデビュー当時には夢にも思わなかった」と、あまりに気さくなのりピーの対応にみな大感激していた。

さらにのりピーは、大阪のおばちゃんの「こっち向いて~」という執拗な要求にも笑顔で手を振り応じていたという。最後のひと言では「たくさんの方にお会いできてうれしかったです。ありがとうございました。また、お願いします」と丁寧に頭を下げた。

終始ハイテンションで、まるで大連チャン中のようだったというのりピー。ここまでできるなら、ニューのりピーとして大人気を呼びそうだ。

エピソード[編集]

2011年撮影
  • 夫は木梨憲武からの紹介。夫はスキーショップ『JIRO』経営者の長男(後継者)であり、同チェーンショップの役員でもある。なお、同店は倒産状態にある。友人に、河村隆一などがいる。
  • 1990年代半ば以降、河村隆一のすすめで趣味としてマリンスポーツ(ボディボード)を楽しむようになった。親友の工藤静香を誘うなどしており、工藤の木村拓哉との出会いもサーフィンがきっかけであり、以来、家族ぐるみの交際をしている。
  • その他、前述の木梨夫妻や、江口洋介夫妻とも家族ぐるみの付き合いをしているといわれる。
  • 後年、「のりピー語は20歳を越えた頃から似つかわしくないと思うようになった」と本人がテレビ番組で語っている。当時の事務所社長の相澤秀禎も「のりピー語」は酒井を売り出すための戦略であったことを自著で明かしている。最近ではエドはるみが当時を懐かしむようにのりピー語を使っている。
  • フジテレビ系『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』の「テレフォンボックス」のコーナーに出演の際、大野智ファンで(その理由は“踊りも歌もうまいから”)、コンサートにも行った旨を発言した。

相澤会長の葬式で相澤会長の思い出について語った なおこの模様は ワイドショーで 繰り返し放送された 2013年は舞台降板した サンジャポでは取り上げられたが お任せは取り上げなかった 水戸黄門の恋と違い解雇されなかった

家族構成[編集]

  • 父:酒井三根城(さかい・みねき 暴力団酒井組組長、1989年事故死)
  • 弟:酒井健(さかい・たけし 元暴力団員、2009年7月に覚醒剤使用で逮捕)

母については未詳。

『徹子の部屋』出演の際、弟がいる事を伏せ「一人っ子です」と言い切っていた(もっとも、母とは離婚により幼少の頃別れたとの事で、異母弟がいると知らなかった可能性も否定出来ない)。

ヤクザの実弟が脅迫で逮捕(2012年3月)[編集]

酒井 法子

元女優の酒井法子さんの弟で暴力団関係者の男が「酒井法子が逮捕されたのは元夫の責任」などと言って、酒井さんの元夫の父親が経営するスキーショップの従業員を脅迫したとして、警視庁に現行犯逮捕されていた。

脅迫の疑いで逮捕されたのは、元女優の酒井法子さんの弟で山口組系暴力団の関係者・酒井健こと、吉原健容疑者(33)。

警視庁によると、吉原容疑者は今月21日、東京・港区で酒井さんの元夫、高相祐一さんの父親が経営するスキーショップの従業員に対し、「酒井法子が逮捕されたのは高相の責任で、そのために自分の妹が入院した」「これからスキーショップに行く」などと言って、脅迫した疑い。

スキーショップ側から相談を受けていた警視庁の捜査員がスキーショップを訪れた吉原容疑者を現行犯逮捕した。

姉と弟が18年ぶりの再会[編集]

酒井 法子

衝撃逮捕から約4時間前、弟は姉との「18年ぶりの再会」を果たしていた。姉は弟を自宅に招き入れどんな話をしていたのか。

3年前、酒井法子が覚せい剤取締法違反で逮捕された直後、奇しくも同じ逮捕容疑で勾留中だった吉原容疑者が獄中告白している。そこで、吉原容疑者はこう述べていた。

「不器用な生き方をしてきたので、こうやって逮捕されるのも初めてではありません。ただ、今回は、これまでとは明らかに違う。同じ罪状で姉が捕まっているということへのショックは自分自身、とても大きい」

酒井と最後に会ったのは18年前、吉原容疑者が中学生の頃だ。鹿児島で行なわれたコンサートに母らと出かけた。終了後、楽屋へ向かったが束の間の会話しかできなかった。

アイドルの姉と一時期暴力団に籍を置くなど荒れた青春を送ってきた弟。両親の離婚後、異なる道を歩んだはずの2人は、罪を犯したことにより再び運命は交差した。獄中の弟は誓った。「できることなら、姉と一緒に反省をしたい」

だが今年1月、長崎の刑務所から出所した吉原容疑者は2か月後、またも警察の厄介になってしまった。逮捕からおよそ4時間前に遡る。実は吉原容疑者は酒井の都内マンションを訪れていた。 周囲からは「姉の迷惑になるのではないか」との忠告も受けた。獄中から出した姉への手紙の返事もなかったからだ。

酒井は不在だった。だが、帰ろうとした道で、こんな声を掛けられた。

「……健じゃない?」

そこには姉が立っていた。そして、弟を自宅に招き入れたという。18年ぶりの会話は弾まなかったが、その後、弟は親しい人間に興奮気味にこう語っている。

「姉と会うことができたんです。2人とも大人になってからの再会ですから、ぎこちなかったですけど。この先、時間をかけて昔みたいな関係になりたい」

姉の自宅を辞したその足で向かったのが、現行犯逮捕の現場となる南青山だった。姉の元夫・高相の父親らを通し、吉原容疑者は高相と接触しようとした。そこで何を訴えたかったのか。3年前、獄中インタビューに答えた吉原容疑者はこんな手紙を送っていた。

〈男ならば、たとえ自分が傷ついたとしても守らなければならないものって有るんじゃないかと私は思います。(中略)もし姉が覚醒剤に手を染めるきっかけをつくったのが高相さんであるなら、私は正直許し難いです〉

現在、吉原容疑者は容疑を否認しているが、当局は余罪も含めて捜査中だ。この先、弟が姉と「昔みたいな関係」に戻ることができるだろうか。

のりピー弟逮捕。15、16歳少年を組事務所で働かせた疑い[編集]

福岡県警は2013年5月30日までに、18歳未満の少年2人を組事務所で働かせるなどしたとして、児童福祉法違反の疑いで、女優酒井法子(42)の弟で指定暴力団山口組系組員吉原健(34)=宮崎県日南市威力業務妨害罪で起訴=と同組長の男(47)ら計7人を逮捕した。

吉原が「身に覚えがない」と話すなど、7人のうち6人が容疑を否認している。

逮捕容疑は2011年9月~12年2月ごろ、当時15歳と16歳だった福岡県居住の少年2人を、18歳未満と知りながら同県宗像市にある組事務所の電話番をさせたり、果物の路上販売をさせたりした。

県警によると、少年の1人が窃盗容疑で逮捕され、取り調べ中に組との関係が分かった。

音楽作品[編集]

シングル[編集]

2011年撮影
2011年撮影
2012年撮影
2012年撮影
アイドル全盛期の頃
  1. 男のコになりたい(1987年2月5日)
  2. 渚のファンタシィ(1987年5月21日)
  3. ノ・レ・な・いTeen-age(1987年8月25日)
  4. 夢冒険(1987年11月25日)
  5. GUANBARE(1988年2月24日)
  6. 1億のスマイル 〜PLEASE YOUR SMILE〜(1988年5月18日)
  7. HAPPY AGAIN(1988年9月21日)
  8. ホンキをだして(1989年1月1日)
    • 作詞: 森浩美、作曲: 筒美京平、編曲: 船山基紀
  9. おとぎの国のBirthday(1989年2月14日)
  10. Love Letter(1989年4月26日)
    • 作詞・作曲: 尾崎亜美、編曲: 佐藤準
    • ライオンBan16シリーズ 1989年度イメージソング
  11. さよならを過ぎて(1989年8月2日)
  12. ALL RIGHT(1989年11月21日)
  13. 幸福(しあわせ)なんてほしくないわ(1990年2月21日)
  14. ダイヤモンド☆ブルー(1990年5月21日)
    • 作詞・作曲: 遠藤京子、編曲: 井上日徳
    • ライオンBan16シリーズ 1990年度イメージソング
    • ドラマ『京都東山殺人事件』でも挿入歌として使用されている
  15. 微笑みを見つけた(1990年8月21日)
  16. イヴの卵(1990年11月21日)
  17. あなたに天使が見える時(1991年3月21日)
  18. モンタージュ(1991年6月21日)
    • 作詞: 森雪之丞、作曲・編曲: 土橋安騎夫
  19. 涙がとまらない 〜HOW! AW! YA!〜(1991年11月7日)
  20. 軽い気持ちのジュリア(1992年3月4日)
  21. 渚のピテカントロプス(1992年6月21日)
    • 作詞: 康珍化、作曲・編曲: 羽田一郎
  22. たぶんタブー(1992年11月6日)
  23. あなたが満ちてゆく(1993年5月21日)
  24. 笑顔が忘れられない(1993年11月21日)
    • 作詞・作曲: M&M、編曲: 山川恵津子
  25. 誘われて…(1994年6月22日)
    • 作詞・作曲・編曲: MOONLIGHT CAFÉ
  26. OH OH OH 〜We are the Winners〜(1995年2月22日)
    • 作詞・作曲: Maurice White、Bill Meyers、KUNI MISAWA、日本語詞: 秋元康、編曲: 西脇辰弥
    • L・リーグ公式テーマソング。現役女子サッカー選手10人がコーラス参加し“酒井法子 with L・リーガーズ”としてリリース
  27. 碧いうさぎ(1995年5月10日)
  28. Here I am 〜泣きたい時は泣けばいい〜(1996年4月24日)
  29. 鏡のドレス(1996年10月9日)
  30. 涙色(1997年7月24日)
    • 作詞・作曲: 河村隆一、編曲: 土方隆行
    • 河村隆一が同年発売のアルバム『Love』でカップリング曲の「蝶々」と共にセルフカバーしている
    • 日本テレビ系列『NNNきょうの出来事』エンディング曲
  31. 横顔(1998年5月13日)
  32. PURE(1999年4月1日)
  33. WORDS OF LOVE(2000年4月5日)
  34. miracle(2000年11月1日)
  35. 天下無敵の愛(2004年6月23日)
  36. 世界中の誰よりきっと(2007年8月22日)

企画シングル[編集]

アルバム[編集]

  1. ファンタジア (Fantasia)/NORIKO Part I(1987年7月1日)
  2. 夢冒険/NORIKO SPECIAL(1988年1月1日)
  3. GUANBARE/NORIKO Part II(1988年3月16日)
  4. LOVELY TIMES/NORIKO Part III(1988年8月21日)
  5. Blue Wind 〜NORIKO Part IV〜(1989年6月21日)
  6. My Dear/NORIKO Part V(1989年12年16月)
  7. Singles 〜NORIKO BEST〜(1990年3月21日)
  8. White Girl 〜NORIKO Part VI〜(1990年7月4日)
  9. Sweet'n' Bitter 〜NORIKO Part VII〜(1991年1月21日)
  10. CDファイル Noriko Sakai Vol.1(1991年2月21日)
  11. CDファイル Noriko Sakai Vol.2(1991年2月21日)
  12. CDファイル Noriko Sakai Vol.3(1991年2月21日)
  13. マジカル・モンタージュ・カムパニー/Noriko Part VIII (1991.07.21)
  14. Sentimental Best(1991年12月5日)
  15. マンモス/Noriko Part IX(1992年7月22日)
  16. Singles 〜NORIKO BEST〜 II(1992年12月2日)
  17. あなたが満ちてゆく/Noriko Part X(1993年7月21日)
  18. ナチュラル・ベスト(1994年2月2日)
  19. 10 SONGS(Noriko Part XI)(1994年7月21日)
  20. 微笑(1994年11月1日)
  21. Watercolour(1995年6月21日)
  22. Twin Best(1995年7月12日)
  23. 我愛美人魚(1996年2月1日)
  24. 素顔(ノーメイク)(1996年5月22日)
  25. 有縁千里(1996年5月22日) - エリック・ソン(孫耀威)とデュエット曲「有縁千里」収録
  26. スノーフレイクス(1996年12月18日)
  27. ASIAN COLLECTION 97(1997年11月28日)
  28. work out fine(1998年7月1日)
  29. ASIAN TOUR SPECIAL〜ASIAN COLLECTION 98〜(1998年10月1日)
  30. PURE COLLECTION (1999年6月23日)
  31. Singles 〜NORIKO BEST〜 III(2000年4月5日)
  32. Asia 2000〜Words Of Love〜(2000年10月1日)
  33. Moments(2003年9月6日) - カバーアルバム
  34. <COLEZO!>Noriko Sakai Best Selection(2005年3月24日)
  35. <COLEZO! TWIN>酒井法子(2005年12月16日)
  36. 大好き 〜My Moments Best〜(2007年9月19日)

出演[編集]

ドラマ[編集]

連続[編集]

単発[編集]

  • 京都花見小路殺人事件〜舞妓さんは名探偵!(1988年10月18日、テレビ朝日系列・火曜スーパーワイド) - 小菊役
  • サラリーマン忠臣蔵・華麗なる復讐(1989年1月1日、テレビ朝日系列・新春ドラマスペシャル)
  • 家光と彦佐と一心太助(1989年1月3日、テレビ朝日系列・新春時代劇スペシャル) - お仲役
  • 京舞妓殺人事件〜舞妓さんは名探偵2〜(1989年8月1日、テレビ朝日系列・火曜スーパーワイド) - 小菊役
  • 京都東山殺人事件〜舞妓さんは名探偵〜(1990年4月24日、テレビ朝日系列・火曜ミステリー劇場) - 小菊役
  • 若さま侍捕物帖〜陰謀渦巻く江戸城大奥の秘密(1991年1月2日、テレビ朝日系列・正月ドラマスペシャル) - 勝姫役
  • 映画みたいな恋したい 「恋しくて」(1992年2月15日、テレビ東京系列)
  • 湖畔亭(1992年9月7日、フジテレビ系列・秋の特選サスペンス)
  • 真夏のサンタクロース(1992年9月14日、TBSテレビ系列・月曜ドラマスペシャル) - 桑田千代役
  • 好きだと言ってくれたなら(1992年12月24日、日本テレビ系列・ドラマシティー'92)
  • ほんとにあった怖い話2 「遠い夏」(2000年8月25日、フジテレビ系列・金曜エンタテイメント) - 萩原律子役
  • (2004年11月17日、テレビ朝日系列・秋のスペシャルドラマ) - 料亭「海陽亭」の女将役
  • 恋のから騒ぎドラマスペシャル episode 1「三十路の女」(2004年9月25日、日本テレビ系列) - 掛布貴子(9期生メンバーでカケフの愛称で人気のあったスチュワーデスがモデル)役
  • 国盗り物語(2005年1月2日、テレビ東京系列・新春ワイド時代劇) - お槙役
  • 出張料理人(2006年11月14日、日本テレビ系列・火曜ドラマゴールド) - 神崎直役

映画[編集]

  • 必殺!5 黄金の血(1991年11月23日) - お浅役
  • 花のお江戸の釣りバカ日誌(1998年12月23日) - 浜崎美津役
  • ピチューとピカチュウ(2000年7月8日) - ナレーター(声の出演)
  • それいけ! アンパンマン ゴミラの星(2001年7月14日) - ヤーダ役(声の出演)
  • 呪怨2(2003年8月23日) - 原瀬京子役
  • ムーンライト・ジェリーフィッシュ(2004年8月7日) - 寺沢由紀子役
  • 予言(2004年10月2日) - 里見綾香役
  • 大ちゃん、だいすき。(2007年) - 洋子役(声の出演)
  • SS エスエス(2008年1月12日) - 大佛久美子役
  • 審理(裁判員制度広報用映画、2008年3月25日試写会開催) - 木村奈緒子役

アニメ[編集]

バラエティー[編集]

  • モモコクラブ (1986年10月5日 - 1987年9月27日、TBSテレビ系列)
  • 徹子の部屋 (1989年、1991年、テレビ朝日系列)ゲスト出演。
  • THE夜もヒッパレ (1995年 - 2002年、日本テレビ系列)
    1999年1月から3月までレギュラー司会
  • THE M(2008年4月22日 - 8月12日、日本テレビ系列)

サンジャボ。(2014年3月23日。VTR出演。TBS) コレクションが放送されインタビューされた ビビッド。(2015年11月24日。12月29日。TBS. )ヤフー乗っていた 2016年6月29日の日本テレビ以外のワイドショー

CM[編集]

ラジオ[編集]

  • ときめきパジャマ MARI NORI AKIのドッキンタイム(1986年4月13日開始、ニッポン放送
    ※歌手デビュー前に同じ事務所の水谷麻里岡谷章子と共に出演。
  • きらきらサンデーアイドルおちゃめランド(文化放送
    ※当時事務所の後輩だった田村英里子と共に出演。
  • のりピー 不思議な夢冒険
  • のりピー 気ままにセンセーション
  • 酒井法子 すてきにロマンス
  • 酒井法子 ドライブパートナー
    ※以上4番組は放送された局によって番組名が違うが、内容は全て同じ。
  • 酒井法子のストレートライフ・夢色プリズム(アール・エフ・ラジオ日本
  • Radio THIS毎日放送

舞台[編集]

その他[編集]

  • 天使がくれたレインボー(1989年7月15日 - 11月26日)
    名古屋デザイン博「ときめきCity館」内の映像アトラクション
  • 鏡の国のレジェンド(1989年10月27日)
    PCエンジン CD-ROM²ゲームソフト。鏡の国に誘拐されたのりピーを探して冒険するアドベンチャーゲーム。実写取り込みによる画像と声による出演。劇中に使用される「夢冒険」「GUANBARE」「星屑のアリス」「Love Letter」の4曲がCD-DAで収録されている。

書籍[編集]

  • のりピーちゃん(1989年7月20日、小学館) - 漫画
  • のりピーちゃん(2003年2月、小学館) - 絵本
    原作: さかいのりこ、作・構成・絵: 杉木ヤスコ

受賞歴[編集]

関連項目[編集]

水戸黄門のくの一。同じ理由で逮捕された。こちらと違い事務所解雇された挙げ句にブログ削除された挙げ句に報道特番放送されなかった

出典・脚注[編集]

  1. 相澤秀禎 『人気づくりの法則』(東洋経済新報社 1988年4月23日) ISBN 978-4492553091

外部リンク[編集]