天然痘

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ファイル:Smallpox virus.jpg
天然痘ウイルス

天然痘(てんねんとう)とは天然痘ウイルスを病原体とする感染症の一つである。疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう)ともいう。

歴史[編集]

高い死亡率と治癒しても瘢痕を残すことから、世界中で不治、悪魔の病気と恐れられてきた代表的な感染症。天然痘で死亡したと確認されている最古の患者はエジプト王朝のラムセス五世である。

フレンチ・インディアン戦争において、イギリス軍により生物兵器としてインディアン殲滅に使用される。

1798年エドワード・ジェンナー天然痘ワクチンを開発し、それ以降は急速に流行が消失していく。

1958年世界保健機構(WHO)総会で「世界天然痘根絶計画」が可決され、根絶計画が始まった。中でも最も天然痘の害がひどいインドは天然痘に罹った人々に幸福がもたらされるという宗教上の観念が浸透していたため、根絶が困難とされた。WHOは天然痘患者が発生すると、その発病1ヶ月前から患者に接触した人々を対象として種痘を行い、ウイルスの伝播・拡散を防いで孤立させる事で天然痘の感染拡大を防ぐ方針をとった。これが功を奏し、根絶が困難と思われていたインドで天然痘患者が激減していった。

この方針は他地域でも用いられ、1970年には西アフリカ全域から根絶され、翌1971年に中央アフリカと南米から根絶された。1975年バングラデシュの3歳女児の患者がアジアで最後の記録となり、アフリカのエチオピアソマリアが流行地域として残った。

1977年、ソマリアの青年の患者を最後に天然病患者は報告されておらず、3年を経過した1980年5月8日にWHOは根絶宣言を行った。天然痘ウイルスは現在、ロシアとアメリカのレベル4施設で厳重に管理されている。天然痘は人類が根絶した感染症として唯一のものである。

日本における例[編集]

過去には定期的な大流行を起すことで知られていた。日本では古代の天平年間に遣唐使遣新羅使を通じて侵入したと考えられる天然痘が西日本を中心に大流行し、平城京では政権を担当していた藤原四兄弟が相次いで死去した。また、隻眼のため「独眼竜」の異名で知られる奥州の戦国大名伊達政宗が幼少期に右目を失明したのも天然痘によるものである。

蘭学者の緒方洪庵が天然痘の予防に尽力した。

日本では1955年の患者を最後に根絶された。

WHOによる根絶運動により、1976年以降予防接種が廃止された。

臨床像[編集]

ファイル:smallpox.jpg
天然痘に感染した子供
  • 飛沫感染接触感染により感染し、7~16日の潜伏期間を経て発症する。
  • 40℃前後の高熱頭痛腰痛などの初期症状に始まる。
  • 発熱後3~4日目に一旦解熱して以降、頭部、顔面を中心に皮膚色と同じまたはやや白色の豆粒状の丘疹が生じ、全身に広がっていく。
  • 7~9日目に再度40℃以上の高熱になり呼吸困難等を併発、発疹膿疱となる。この時期の重篤な呼吸不全によって死に至る。

2~3週目には膿疱は瘢痕を残して治癒に向かう。

予防・治療[編集]

「種痘」というワクチン接種による予防が極めて有効。感染後でも4日以内であればワクチン接種は有効であるとされている。また化学療法を中心とする対症治療が確立されている。

問題[編集]

テロの危険[編集]

根絶されたために根絶後に予防接種を受けた人はおらず、また予防接種を受けた人でも免疫の持続期間が一般的に5~10年といわれているため、現在では免疫を持っている人はほとんどない。そのため、生物兵器としてテロに流用された場合に大きな被害を出す危険が指摘されている。

類似ウイルス[編集]

天然痘そのものは根絶宣言が出されたが、類似したウイルスの危険性を指摘する研究者がいる。研究によれば、複数の身近な生物が類似ウイルスの宿主になりうることが示されており、それらが変異すると人類にとって脅威になるかもしれないと警告している[1]

関連法規[編集]

天然痘はかつての伝染病予防法では法定伝染病に指定されていた。2020年現在、感染症法一類感染症に指定されている。

天然痘にかかったとされる有名人[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]


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